島原城武家屋敷青い理髪館湧水群平成新山島原まゆやまロード雲仙岳災害記念館
平成新山ネイチャーセンターボランティアガイド
 
 ◆ 島 原 城 【地図はこちら】
 島原城は元和4年(1618年)から松倉豊後守重政が、当時森岳と呼ばれた高地を城のかたちに切とって石垣を積み、堀を掘って7年の歳月を費やして築いたものであります。総塗りごめ、白亜五層天守閣を中核として大小50の櫓を要所に配し、これを囲む矢挟間塀の長さは総延長2233メートルという規模の大きさで安土桃山時代の築城様式をとりいれた壮麗なものでありました。
  以来約250年間4氏18代の居城として歴史上からも数々の歴史を生んできました。
  しかし、明治維新により廃城が決定、明治7年解体され、以来90年、天守閣無き城跡だけがその面影をとどめました。
  昭和35年に「西の櫓」を復元、次いで昭和39年「天守閣」、48年「巽の櫓」、55年「丑寅の櫓」などが矢挟間・鉄砲狭間を備えた長塀とともに復元されました。
  現在は、天守閣がキリシタン資料並びに藩政時代の郷土資料・民俗資料などを展示。巽の櫓は郷土が生んだ彫塑界の最高峰故北村西望先生の作品を紹介する西望記念館となっています。
  平成8年5月には、雲仙普賢岳の噴火活動の経緯などを映像等で紹介する「観光復興記念館」がオープンいたしました。
●入館料:大人520円、小人260円※天守閣、西望記念館、観光復興記念館の3館共通入館料※30人以上の団体は2割引
●開館時間:9時〜17時30分(入館は17時まで)
●駐車料金:乗用車310円、バイク100円
●問合せ先:島原城天守閣事務所TEL 0957−62−4766

 ※ホームページ: http://www.shimabarajou.jp/
 
 ◆ 武家屋敷 【地図はこちら】
 島原城の西に続く一帯を、鉄砲町と呼びます。鉄砲町は島原城の築城とともに形成され、鉄砲町の名は鉄砲組(徒士)の住居地帯であったことと、造成当時隣家との間に塀がなく、まるで鉄砲の筒の中を覗くように武家屋敷街が見通せたので、その名がつけられたと言われています。
  7つの町筋は碁盤の目のようにできており、ここには扶持(ふち)取り70石以下の徒士(かち)屋敷が690戸ありました。
  町筋の中央に流れる清水は、北西の「熊野神社」を水源とし、飲料水として使われ、水奉行を置き、厳重に管理されていました。
  現在、保存されている下の丁の武家屋敷は、延長406.8メートル、幅長5.6メートルの町並みで、山本邸、篠塚邸、鳥田邸の3軒が一般に無料開放され、当時の武家生活の様子が偲ばれます。また、武家屋敷休憩所では白玉に独特の蜜をかけた郷土の味「寒ざらし」が楽しめます。
 
 ◆ 青い理髪館 【地図はこちら】
 森岳商店街は島原城築城時に新しく開かれた城下町のひとつで、当時はここを島原街道が通り、遠く江戸や長崎に結びついていました。人と物の往来が多く、旅籠や酒造場、木綿問屋等が集まっていました。
  大正2年(1913年)に島原鉄道が開通すると島原の北の玄関口として更に賑わいました。青い理髪館は大正時代、全国的な洋館ブームが起き、その波が島原にも押し寄せて建築されたもので、つい数年前まで実際に床屋さんが営業していたものであります。
  現在、リニューアルして「青い理髪館」として甦り、「森岳まちづくりの会」が運営しています。1階は当時の床屋さんの道具をそのまま残し、大正ロマンの香りがする洋館です。
 
 ◆ 湧水群 【地図はこちら】
 島原市は、古くから「水の都」と呼ばれており、雲仙山系に涵養された水が市内随所から湧出し、「島原湧水群」として昭和60年(1985年)1月、環境庁の全国名水百選に選定されています。
  武家屋敷水路、鯉の泳ぐまち、浜の川洗い場などその数は約50ヶ所。長年の歳月をかけて地下水脈を通って自噴する湧水は適度な炭酸ガスを含んだ名水でもあります。
●鯉の泳ぐまち

  昭和53年(1978年)、下新町町内会では、豊かな湧き水(日量10000t)を観光に活かそうと、町内の清流に錦鯉を放流し、以来、町内会や子供クラブがお世話をしています。
  現在、紅白、三色、黄金等、大小1500匹の錦鯉が、観光客の目を楽しませています。水の都といわれる島原市の中でも新町一帯は特に湧き水が豊富で50cmも掘ると湧き水が出ています。

  水路 横 150m  縦 70m

  昭和53年から下新町町内の清流に錦鯉を放流していたが、鯉が病気などで死んでしまいかわいそう等の意見が出たため、放流し犠牲になった鯉のために、昭和56年から鯉の放流をする5月5日(こどもの日)にいっしょに鯉の供養も行うようになっています。
●白土湖

  寛政4年(1792年)、眉山が崩壊し、大量の土砂が流出したため、一夜にして広大な陸地ができ、九十九島ができました。そのとき、上の原地帯の一部が陥没して、民家の井戸からは、ものすごい勢いで水が噴出し、南北1キロメートル、東西200メートルあまりにわたり満々と水をたたえ一面の湖となりました。
  その水が、どこへも流れ出るところがないため、松平藩では、人心が一応安定してから郡内から1万人の人夫を集め、川を掘り、有明海に流しました。これが、音無川であります。
  音無川は白土湖から霊丘公園側に流すと流れが急になり湖ができなくなるため、傾斜を無くすよう高島町を経て有明海に流したのであります。
 
 ◆ 平成新山 【地図はこちら】
 平成2年(1990年)11月より198年ぶりに雲仙普賢岳が噴火し、その噴火によって形成された溶岩ドームを平成8年(1996)年5月20日に「平成新山」と命名されました。
  溶岩ドームとは、ねばりけの強い溶岩の噴出によってできる火山体で、平成3年(1991年)5月20日に初めて出現し、以来つぎつぎと押し出される溶岩により火口付近に巨大な溶岩ドームが形成されていきました。
  その結果溶岩ドームの高さは普賢岳山頂(1359m)より高くなり標高1483mにもなっています。
 
 ◆ 島原まゆやまロード 【地図はこちら】
 平成12年3月21日に開通した島原まゆやまロードは、島原市背後の眉山を迂回して、日本で一番新しい山「平成新山」の間近を通る全長8キロメートルの道路です。
  ルート沿いには「平成新山展望園地」があり、火砕流・土石流跡などダイナミックな自然の営みや日本一の砂防ダム群など迫力ある火山観光を体験できます。
 
 ◆ 雲仙岳災害記念館 【地図はこちら】
 愛称:がまだすドーム平成14年7月1日オープンした全国初めての火山体験学習施設です。火山を見る・体験する・遊ぶ・学ぶ・憩う。火山に関する知的エンターテイメントがギッシリ詰まった一大空間です。
  平成2年(1990年)11月に始まった雲仙普賢岳の噴火活動から平成8年(1996年)5月の噴火活動終息宣言まで、何が起き、何が残ったのか。
  大自然の脅威とそれに立ち向かった人々の英知をあますところなく展示しています。

  ●入館料:大人1,000円、中高生700円、小学生500円
         ※20人以上の団体は2割引
  ●開館時間:9時〜18時(入館は17時まで)
  ●駐車料金:無料(一般400台、バス20台)
  ●問合せ先:雲仙岳災害記念館TEL 0957−65−5555

 ※ホームページ:http://www.udmh.or.jp/
 
 ◆ 平成新山ネイチャーセンター 【地図はこちら】

 多くの人々に火山活動のメカニズムや植生の変化などについて「科学する心」を養ってもらう目的で建設されました。

 垂木台地という高台にあり「平成新山」が最も近くに見える所です。島原まゆやまロードからのアクセスも良く緊急避難対策も万全で遊歩道も整備されています。

   ◇開館時間:(3〜10月)9:00〜17:00 (11月〜2月)10:00〜16:00
   ◇閉館日:毎週火曜日(祝日の場合はその翌日)

 ※ホームページ:http://www12.ocn.ne.jp/~hnc/index.html
ご質問、ご意見は info@shimabaraonsen.com までお願いします。
島原温泉観光協会 島原市下川尻町7-5 TEL 0957-62-3986
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